東京地方裁判所 昭和24年(ワ)5508号 判決
原告 関国応
被告 木村三郎
一、主 文
被告は原告のために東京都目黒区中目黒二丁目五百六番ノ一所在家屋番号同町二三七ノ二木造瓦葺建坪二十坪二階十坪の建物に対する昭和二十三年十月二十三日受附第一〇九二一号の昭和二十三年二月二十八日附売買による所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求の原因として次のとおり述べた。
原告は、被告の代理人訴外福島芳彦より、昭和二十三年二月二十八日、弁済期同年三月三十一日、利息月一割の約定で金十一万円(天引利息一万円を含む)を借受け、同時に原告は、右借用金を弁済期に返済しないときは、代物弁済として原告所有の主文掲記の建物の所有権を被告に移転する旨約束し且右債務の弁済を確保する趣旨で被告のため同不動産に売買予約の仮登記を経由し、被告が、もし将来右建物の所有権を取得した後は原告に於て右借用金と同額の金員を提供すれば何時でも右建物の所有権を原告に移転する旨の再売買の予約をなした。
しかし右弁済期に元金の返済が出来なかつたので一箇月分の利息として一万円を訴外福島に支払い一箇月の弁済期の延期を受け、その後も弁済期の猶予を得てきた。そして、同年十月二十日右訴外福島は原告の懇請に応じ訴外高橋敏弁護士を通じて原告に対し、本件借用金と共に別口債務金四万円も支払うことを条件に、弁済期を同月三十日まで猶予することを承認した。ところが、被告は同月二十三日その約束に反し突如本件建物の所有権移転の本件登記手続を完了してしまつた。しかし、右の理由によりその登記は登記原因なくしてなされたものであるから無効である。
仮りに右の期限の猶予がなかつたとしても、その後原被告間において、一たん示談が成立したが、示談金を提供しても被告に不法にこれが受領を肯じないので、万策つき原告は、昭和二十四年一月二十一日東京法務局に、本件債務の本旨に従い元金十一万円及びこれに対する利息制限法所定の利率年一割の割合による利息金七千九百五十四円五十銭を供託し以て本件債務の弁済を了した。この提供は期限後のものであるとしても、前示特約に基く再売買の予約の完結に該当するから、原告は、これによつて適法に本件建物の所有権を回復した。
尚仮りに、以上の主張が全部認められないとしても、被告は原告の誠意ある再三の交渉をも無視し資金の乏しい弱味につけ込み、現実の借用金十万円に対しわずか十ケ月にして元金以上の利息を要求し、而も、弁済に代えるに右元利金よりはるかに高価な本件建物の所有権を取得するが如きは、民法第一条第二項第三項に規定する信義則の違反並びに権利濫用の行為といわねばならず、法律上何ら効力のないものである。
以上の理由で原告は被告に対し、その移転登記の抹消登記手続を求めるため本訴請求に及んだ。というのである。<立証省略>
被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、請求の原因に対し、次のとおり答弁した。
本件建物に関する再売買の予約の点を除き、昭和二十三年二月二十八日、原被告間に原告主張の如き金銭消費貸借契約が締結されたこと及び本件消費貸借上の債権の確保のため原告主張のような売買予約の仮登記の経由せられた事実は認める。がその他の事実を否認する。本件貸借にあたり、原告において期限に弁済を怠つたときは本建物の所有権は当然被告に移転する趣旨の特約があつたが、原告はその期限を経過して昭和二十三年十月二十日に至るも弁済をしない。そこで、被告は同月二十三日右特約に基き本件建物の所有権を当然取得しているので、これが移転登記手続を完了したまでのことであつて、もとよりこの登記は有効である。
仮りに、被告が昭和二十三年十月二十日に、弁済期を同月三十日まで猶予したとしても、右期限までに何らの履行がない以上、たとえ右の登記手続が弁済期限前になされたものであるとするも、結果に於て被告のなした移転登記は、正当に帰する。
また仮りに、原告主張の如き再売買の予約があつたとしても、予約完結権行使期間は本件債務の弁済期たる昭和二十三年四月三十日限りとすべきであつて、この期間内に原告より完結の意思表示も代金の提供もなかつたので原告の有する予約権は消滅した。というのである。<立証省略>
三、理 由
原告主張の日その主張の如き金銭消費貸借契約が締結せられたこと、原告所有の本件建物に対し右消費貸借上の債権を確保する意味で売買予約の仮登記手続のなされたことは当事者間に争いがない。
そこで原告は、右貸借の期限が同年十月三十日まで猶予されたと主張するので、この点を検討すると証人高橋敏(一、二回)、同元田彌三郎の各証言及び原告本人の供述(一、二回)(いずれも左記認定に牴触する部分を除く)並びに成立に争いのない甲第二号証の一、二を綜合すると、原告は前記弁済期を過ぎても、借入金の支払をなし得なかつたので、しばしば被告の代理人たる福島や、その代理人弁護士高橋敏より、これが支払または本件建物の登記済証書の提出方督促を受けていたが、昭和二十三年十月二十日頃に、原告は訴外元田彌三郎弁護士と同道して右高橋弁護士を訪ね同月三十日まで期限の猶予を懇請したところ、右高橋から自分としては、承認してもよいが一応本人訴外福島芳彦の意思を確めた上確答する。ついては、本人を安心させるため自分に登記済証書を預けて欲しいといわれ、また元田弁護士から、今月一杯は本人に渡さないかとの質問に対し、右高橋弁護士はこれを承知したので、弁護士同志の約束だから心配ないとて、右元田より促され、原告は所携の本件登記済証書を右高橋に交付した。そして高橋は同夜訴外福島にこのことを伝えたところ承諾したので、その旨元田弁護士に対し電話で右延期承認の確答を与えたことが認められる。右認定に牴触する証人福島芳彦、同福島初子(各一、二回)の証言はにわかに信用し難く、そして他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
しかるに本件建物については同月二十三日受附を以て被告名義に所有権移転登記手続のなされあることは当事者間に争いがないので、一応右登記は前記延期の約束に違反して無効のもののような感がある。
而して被告代理人は原告はその後何ら約束の弁済期までに履行しなかつたから、結局右の登記手続は有効であると抗争し、原告が十月三十日迄にその債務を弁済しなかつたことは原告もこれを認めるところである。
しかしながら、本件消費貸借上の債権を確保するためになされた前記仮登記は、原告において期限に債務の弁済をしなかつたときは本件建物の所有権は当然被告に移転する趣旨の特約に基くものと認むべきであるから、当事者は原告の債務不履行を停止条件とする代物弁済契約をしたものということができる。従つて右条件の成就によつて利益を受くべき当事者は被告であるとともに、被告は契約の趣旨に従い原告の債務不履行あるまでは本件建物について所有権移転登記をなすべからざる義務を負うものである。しかるに被告は前記のごとく本件消費貸借上の債務の弁済期を昭和二十三年十月三十日まで延期することを承諾したにもかかわらず、右義務に違反し、期限到来前の同年十月二十三日本件建物について所有権移転登記をしたのであつて、かくのごとく、代物弁済による所有権取得登記のごときいわば終局的の処分がなされた場合、債務者に対してなおその債務の履行を期待することは、現今我国取引の一般的実状からみて不可能のことに属するといえる。すなわち、原告が昭和二十三年十月三十日の期限に債務の履行をしなかつたのは、被告が前記登記を敢行したことにその原因があるから、被告は原告の債務不履行に関して故意に条件を成就せしめたものと同様に取扱われるべきであり、民法第百三十条の類推適用により、相手方たる原告はなおその条件を成就しないものとみなすことができるものというべきである。而して本件における原告の弁論の全趣旨によれば、原告は本訴において被告に対し右条件を成就しないものとみなす旨の意思表示をしたものと認められるから、原告はこれにより債務不履行の責を負わないものということができる。すなわち本件消費貸借上の債務は被告の右行為により期限の定めのない債務に転化したものというべく、従つて被告が原告に対し、改めて相当の期間を定めて履行の催告をなし、その応ぜざるにおいて始めて適法に所有権取得の登記手続をなし得るものといわなければならない。
よつて被告に対し、前記不法な登記の抹消登記手続を求める本訴請求は爾余の判断をするまでもなく正当であるから、これを認容し訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 柳川真佐夫 守屋美孝 野田愛子)